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ギター人(びと)探訪 vol.1 佐藤和彦さん
ギターショップ「アンダンテ」には、個性豊かなギター製作者やギター愛好家が集まり、長年に渡り交流をしたりお取引をさせて頂いています。この企画シリーズ「ギター人(びと)探訪」では、ギターがあることでより豊かな生活を過ごされている皆さんをご紹介していきます。
ギター人:佐藤和彦さん
職業:陶芸家
毎日10分のギター練習を欠かさずに
陶芸家で、ギター歴62年の佐藤和彦さん。お天気の良いある日に、神奈川県の鵠沼海岸近くにあるご自宅兼工房にお邪魔しました。
「築70年の家なんです。ここで生まれ育ちました」と佐藤さんがご案内してくれたお家には、ピアノ、楽譜や古いレコードが棚に並び、ご自身が描いた絵画などが壁に掛けられています。作業机の近くには、ケースから出したままのギターが立てかけられてありました。陶芸家のお家というよりも、音楽家の部屋のような雰囲気。
「海から吹いてくる風が部屋にも入ってくるので、本当はギターもケースにしまって潮風に触れないほうが良いんですが、つい出しっぱなしにしてしまうんです」
佐藤さんは今でも毎日必ず10分はギターを触って、音を出したり練習するそうです。
東京芸術大学大学院卒業後から、毎年個展を開催
小さい頃から絵を描くのが好きだった佐藤さんは、東京芸術大学のデザイン工芸科を44倍の倍率を突破して入学し、陶芸専攻に進みます。人間国宝の藤本能道と田村耕一に師事し、年に2度個展を開くスタイルは1978年から1998年まで続き、通算100回は超えているとか。
1979年にはアメリカのNYの「ブルーミングデールズ」でジャパンセラミック展に出品されていたり、その後も全国各地の名だたるギャラリーで個展をされており、さらに近年は陶芸教室も開催するなど精力的に活動されています。
「ここで作陶しています。電気ろくろはほとんど使わず、手動のろくろを使って、手びねりで作っています」
自宅の裏庭の奥にある工房に案内してくださいました。壁には、器のデッサンや、作陶スケジュール、絵付け用の筆、粘土などが置かれていて、隣の部屋には電気釜が2台置かれています。
作陶しながらギター音楽を聞いているのかと思いきや「音楽が流れているとそちらに意識が向いてしまって集中できないので(笑)、器を作っている時は音楽は聞かないんですよ」とのこと。
陽の光があたたかく入る工房に居ると、外からウィンドチャイムの音がチリンチリンと聞こえてきます。穏やかな空間で、力強くてぬくもりのある数々の作品が生まれてきた様子が伺えます。
美術は才能があったけど、音楽が一番好きだった
ギターとの出会いは、11歳の頃。お兄さんの影響で当時3,000円だったヤマハのアコースティックギターを手にして、「禁じられた遊び」を覚えて、次第に楽器に魅了されていきます。
「母がピアノの先生をしていたのですが、僕は正式にピアノを習うことはなくて、ギターばかりでした」
ジュリアン・ブリームが弾くラヴェル作曲の「亡き王女のためのパヴァーヌ」を、高校一年生のときに聞いて、その音に惚れ込み以後大ファンに。
その後、日本ギターアカデミー教授の寸山静江に師事。東京芸術大学ではギター部の部長となり、合奏曲を多数編曲していきます。
「小さい頃から絵を描いていたから美術は上手かったのだけど、もし当時大学にギター科があったら、そっちに入りたかったな。音楽が一番好きですね」
そんな佐藤さんが今まで所有してきたギターは、2本。「PAUL FISCHER(ポール・フィッシャー)」を以前持っていましたが、今はとても馴染んてきたという「F.lli Lodi(以下ロディ)」を愛用されているとか。佐藤さんが爪弾くと、柔らかくてあたたかみのある音が響き渡ります。
佐藤さんにとって、ギターとはどんな存在でしょう?
「苦しいとき、つらいときに、それを忘れさせてくれる存在です。ギターを弾くと、つらいことが一瞬で忘れられるんです」
工房で、パラディス作曲「シチリアーナ」(佐藤和彦編)を弾いて下さいました。
「安いギターだとなかなか上達しないんですよ。高いギターを手にすることで、奏者はギターに育ててもらえる」そう佐藤さんは話します。
最高の舞台で、心のこもった演奏でもてなしてくださった佐藤さんとの時間は、あっという間に過ぎました。そして今日もきっと佐藤さんは、ギターを少し弾いてから、工房に入ってろくろを回していることでしょう。
好きなギタリスト | ジュリアン・ブリーム、アンドレス・セゴビア |
所有している楽器 | F.lli Lodi 2007年製。モデルは、スペイン1910~1940年頃に多くの作品を残したD.エステソのコピー。 |
■プロフィール
佐藤和彦:1947年に神奈川県藤沢市に生まれる。1970年に東京芸術大学美術学部工芸科卒業、72年に同大学院陶芸専攻修了。在学中に藤本能道、田村耕一に師事。修了作品がサロン・ド・プランタン賞受賞。活動は国内に留まらず、ニューヨーク、シドニー、ロンドンや韓国などでも合同展に出展。著書に「手びねり陶芸塾」(誠文堂新光社)、NHK BS「やきもの探訪」出演。朝日カルチャーセンター陶芸講座講師、湯河原do工芸館館長。
アンダンテからのメッセージ
佐藤和彦さんにこのイタリア人製作家・ロディーの作品を買って頂いたのは2008年5月ですから、もう13年も前のことになります(2021年時点)。日本で一番最初にロディーを紹介したのは弊社で、この佐藤さん所有のロディーは日本に入荷した第2作目。ロディーは今でこそ世界第一級のギタリストが先を争って欲しがる人気のギターとなりましたが、佐藤さんに購入頂いた2008年頃は日本ではまだ無名で、いくら私の推しがあったとは言え、よく購入に踏み切ったものだと今思えばその先見性に感心するばかりです。
この取材でもお目見えするロディーは1900初頭のスペインギターの名工:ドミンゴ・エステソの外観も含めたフル・コピーです。近年はギターの本場スペインでは自国の古名器をモデルとして、それを忠実に再現しようというクラフツマン・シップは見られません。むしろギターではもっとも不毛な国であったイタリアでスペインギター古名器への回帰の機運が盛り上がり、ロディーだけでなく他のイタリア人製作家も20世紀末から足並みを揃えてスペインギター古名器のコピー製作に乗り出します。
その理由ははっきりとは分かりませんが、おそらく影響力のあるギタリストのアドヴァイスが多くのギター製作家に製作上の指針を与えたのだと思います。
そのアドヴァイスに従って製作したギターの音が良かったからこそ、今もその機運は衰えず、逆に世界中のギター製作家に古名器再現の潮流が広がっています。
元はといえば、ヴァイオリンの名器『ストラディバリウス』を生んだお国柄、弦楽器製作にかける真摯で、良いものを作るという尋常ならざる執念はイタリア人の文化として深く根付いているんだな〜と実感させられるのです。
(アンダンテ・川平満)
次回もお楽しみに!
取材・撮影・文=古園麻子